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明治大学校友インタビュー

柴田理恵さん(タレント)

柴田理恵1

Profile

柴田理恵
1959年1月14日 富山県富山市に生まれる。
明治大学文学部演劇学科卒業。
劇団東京ヴォードヴィルショーを経て、WAHAHA本舗所属。
テレビ番組への出演を多数こなしつつ、劇場での芝居にも力を入れている。

―学生時代の一番の思い出は何ですか?
「明治大学の演劇研究部に所属していて、そこで芝居ばかりやっていたなあというのを覚えています。」

―明治大学の文学部演劇学科に入学されたのは、小さい頃からお芝居に興味があったからですか?
「中学生高校生くらいの時から芝居をやりたいなと思っていました。それで、東京に来たらいろいろな芝居が見られて、いろいろな物事の空気を直に感じられると思って出てきました。今はテレビとかインターネットとかがあるから、多少は近くなったけど、やっぱり田舎は遠いよね。昔は今以上に遠かったんですよ。」

―大学生時代に学んだことを活かすことのできない人が多いと思うんですけど、柴田さんや周りの方々はどうでしたか?
「私たち周りでも、劇研にいた人たちがその後に必ずしも芝居をやっているとは限らなかったですよ。1~2年お芝居やってても、3年生になるとゼミが始まるし、そうなると辞めてしまう人たちが結構いましたね。だからゼミに入らない人くらいしか、3~4年生で劇研に残っている人はいませんでしたね。でも、4年生になって辞めなかった人たちは、その後も大体お芝居を続けてたかなあ(笑)」

―柴田さんはその中でお芝居を続けられたんですよね?
「でも、将来どうなるんだろう?ってあまりピンと来てない状況で続けていたんですよ。だけど、3年生になったら、いよいよ就職活動だとかでみんな少しずつ道が分かれてくるじゃない。そういう時にも、私はお芝居が好きだから、ずっとお芝居やりたいなあって思ってました。でもその頃はお芝居をやるってことと、テレビや映画の世界でご飯を食べていくってことがつながっていなかった時代なんですよ。お芝居っていうものは、アルバイトしながらやるもので、その先はどうなるか分からない時代だったんだけど、だからこの世界でご飯が食べていけるようになるとも思わず、このままアルバイトしながらでもいいから、やりたいなあって思って、それが続いただけなんです。」

―お芝居で食べていけると確信されたのはいつ頃でしたか?
「ずっと後でした。30歳をもっと過ぎてからですよ。」

―では、それまでは手探り状態といった感じでしたか?
「だってやり続けても売れる保証はないじゃない。まあ人生ってそんなものだとは思うけど、会社に入ったら、ある程度はお給料いただいて、食べてもいけるし、洋服も買えるし、普通程度の生活はできるけど、私たちの商売っていうのは、まったくお先真っ暗なの。よほどのスターとか、最初からテレビで脚光を浴びる人とかは別で、ほとんどの人はそうじゃないですから。だからずっとお先真っ暗だったよ。」

―そのような状態でも自分の目標を見失わずに進むことができるっていうのは、今の学生に欠けているものなのではないかと思います。
「学生の間は好きなことを夢中でやっていればいいと思うんですよ。私も 後悔しているとすれば、もっと勉強すればよかったって本当に思いますよ。でも、当時は違うことに夢中でね。でもね、好きなことをやっていれば、違うことに夢中でもいいと思うのよ。好きなことをやり続ける練習。好きなことをやり続ければ、必ずいいことがあると思います。もしそれが途中でダメになっても無駄はないと思うんですよ。一生懸命続けるっていうのは、それなりに努力したり我慢したり苦しかったりするじゃない。そういうことはすごく世の中大事でしょ?」

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―先ほど、学生時代にもっと勉強すればよかったとおっしゃっていましたが、授業やテストはどうでしたか?
「意外とするするっと抜けていった感じ。もうほんとに。ノート見せてもらったりね。でも先生の話をもっと真面目に聞いておけば、世の中面白くなったかもしれないなって思いますよ。でもね、先生の話を1時間半も聞いている余裕がなかったの(笑)大学っていう制度はもうちょっと大人になってからやればいいのかもね。落ち着いて人の話を聞けるようになるのは40歳くらいからよ(笑)でも、その頃には頭が衰えてるんだけどね。だから、いろいろな知識が頭に入るのは若いうちなんだけどなあ。」

―学生時代の学園祭の思い出などはありますか?
「演劇研究部は自分たちで学園祭で何かお芝居をやるっていうのがなかったんですよ。だから全部受け身ですけど、やっぱりダウン・タウン・ブギウギ・バンド、宇崎竜童さんが来た時は嬉しかったなあ。その時は人気がピークの時だったから。あとは、学園祭で昔の映画を上映していて、それを見に行ったのを覚えています。」

―学生時代の恋愛の思い出などはありますか?
「恋愛?私は旦那と18歳の時に明治大学で知り合って、20歳くらいの時から付き合い始めて、それからずっとそのままなんです。」

―周りの方々はどうでしたか?
「やっぱり先輩がカッコよかった。1年生の時の4年生ってすごく大人じゃない?同級生の男の子たちもだいたい年上が好きだったもん。4年生の女の人が、洗練されてて大人だし、やっぱり全然格好も違うのよ。でも、それは女の子も同じで、4年生の先輩が好きな子が多かったなあ。」

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―旦那様の第一印象はいかがだったですか?
「向こうが付属の高校出身で何でか知らないけど、学ラン着てたのよ。何だろうこいつ、って思ったのが第一印象かなあ。」

―同じ演劇研究部に所属されていたんですよね?
「向こうは商学部なのにゼミに入らなかった人なんですよ。でもそれまでは割と真面目で優等生で、誰よりもいい成績取ってたから、私たちは就職するものだと思ってたのよ。そしたら、3年生になって『ゼミどうしたの?』って聞いたら『辞めちゃった』って言ったの。理由を聞いたら、『人生考えたら芝居やりたいと思って』って言って驚いたんですよ。この人が芝居やるの?って感じで。それから、そういうお芝居ばかりやっている仲間同士で付き合うようになっていったんです。」

―そこから二人三脚で頑張っていったと。
「そうですね。一緒に夢に向かって行きましたね。」

―そうやって夢に向かって進むには、仲間は大事でしたか?
「うん。大事でしたね。」

―仲間同士で口論などがあったと思うんですけど、学生や今の人たちに共通して言えることかも知れませんが、他人とぶつかることを避けている人が多いように思います。
「若い時のぶつかり合いってしょうがないことでしょ?だって自分はこの道を進むんだってなってるから、当然『なんだよ、お前』って喧嘩になるのも、しょうがないと思うの。自分たちも劇団やってもう25年になるので、随分ぶつかったりもしましたよ。でもそれは、自分が考えていることで一杯一杯なんですよ。お互いにどっちも正しいと思ってやってるから、それはぶつかりますよ。でも、ぶつかり合って、いろいろなことを言ってるうちに、どんなにぶつかっても、この人は自分にとって大切な人だって思えると、やっぱりずっと付き合って行くようになるし、何でもそうだと思うんですね。私も若い頃はぶつかって当然だし、それを恐れてもいけないなって思うんですよね。だからもっとぶつかっていいと思いますよ。」

―柴田さんの今後の目標を教えて下さい。
「あきらめないことですね。やっぱりその若い頃は若い頃でエネルギーはすごいあったけど、その分困難なことも多かったですよ。で、頑張ったことがちょっとずつ実って少し楽になった。でもやっぱり波は押し寄せてくる。またそれを越えなきゃいけない。またもっと波が押し寄せてくる。人生はそれの繰り返しですよね。いまだにそういう波がたくさん来るので、あきらめないでやっていきたいですよね。」

―最後に明大生へ一言お願いします。
「とにかく明るくあって欲しいですね。私たちは少なくとも一番手ではないんですから、逆にそこを強みに世の中に切り込んでいって欲しいと思います。」

―ありがとうございました。



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